中世後期 泉涌寺の研究

中世後期 泉涌寺の研究

大谷 由香

内容紹介

泉涌寺は、鎌倉期の入宋僧・俊?が宇都宮信房から寄進を受けて再興した寺院で、公武両面から深い帰依を受け、当時の日本仏教に多大な影響を与えたといわれている。しかし、応仁の乱以来のたび重なる炎上により多くの資料が失われ、その歴史の詳細については謎に包まれていた。本書では、智積院新文庫より発見された『視覃雑記』に基づき、室町時代後期から戦国時代にかけての泉涌寺および泉涌寺関係寺院における事績について解明する。
第一章・第二章では、『視覃雑記』の内容とその著者・長典について解説、以下のことを明らかにしている。
1泉涌寺が「見蓮上人門徒」と呼ばれる法然浄土教団の一流を擁していたことにより、これまでの「律宗寺院」としての泉涌寺とは違った側面が存在したこと。2浄土教団として独立した自治による寺院活動を行っていた「見蓮上人門徒」は、15世紀頃には武家勢力と通じて、惣寺泉涌寺をしのぐ勢いを見せていたこと3現在は清凉寺蔵となっている法然ゆかりの宝物『迎接曼荼羅図』(重要文化財)を、「見蓮上人門徒」が代々伝持していたこと4本願寺蓮如周辺の子女の多くが幼い頃に、鎮西流一条派に連なる「見蓮上人門徒」の元へ養子に出されていたこと。
第三章から第五章は、上記の4点をその内容の骨子とし、14世紀から16世紀にかけて京都において権勢を誇りながら、これまで史料不足からまったく注目されてこなかった泉涌寺内勢力「見蓮上人門徒」の実態を明らかにしている。
さらに第六章では、泉涌寺側も「見蓮上人門徒」から寺領や末寺の奪取を防ぐため、泉涌寺の宝物である仏牙舎利を15世紀に勅封措置にしたことを明らかにする。
なお、本書には付録として、『視覃雑記』の全文翻刻と本文内索引である『視覃雑記』人名・寺院名・年月日索引を付し、多くの研究者にとっての利便に備えている。

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